マレーシア華人の言語環境と言語選択

 

 東南アジアを旅する際、必ずと言っていいほど出会うのがチャイナタウンであり、そこには漢字の看板がたくさん掲げられている。ここで生活する華僑または華人と呼ばれる人々は現地の言葉を含む2言語またはそれ以上の言語を巧みに操っている。その言語使用状況は華人の居住国の言語・教育政策、移民時期、華人の人口比率、教育程度、職業や卒業校のタイプ、年令、家庭の使用言語によって異なる。例えば、現地化の進んでいるタイ、インドネシア、フィリピンでは、それぞれタイ語インドネシア語タガログ語第一言語になるし、第二言語には華語または華語方言(潮州語、福建語など)が使われることがある。高学歴者の家庭では、時として英語などの旧宗主国の言語も使われる。また、移民第一世代では上記の第一言語第二言語以下が入れ替わることもある。華語の普及しているマレーシアの華人は、華語、マレー語、英語、華語方言(閩南語、広東語、客家語、潮州語、海南語、福州語など)を異なる言語空間で使い分け、第一言語第二言語もそれぞれ異なっている。そのため、華人の言語は複雑かつ可変的である。隣国シンガポール華人社会は福建省出身者が植民地時代から多かった。1990年の華人の方言集団ごとの人口統計では、福建人が42.2%、潮州人が21.9%、広東人が15.2%、客家人が7.3%、海南人が7.0%、福州人が1.7%、興化人が0.9%、福清人が0.6%であった。標準華語が普及していなかった時代は、話者の多い福建語(閩南語)が華人社会の共通語として使われていた。

次に、マレーシアの各地域(①マラッカ、②イポー、③クアラルンプール、④ペナン)の華人社会の言語使用について、紹介していきたい。これら四地域のチャイナタウンや独立華文中学を何度も訪問したことがある。

①植民地時代、マラッカは海峡都市として栄えたが、現在は観光都市として知られている。ポルトガル、オランダの統治時代に、福建省厦門泉州、漳州などの地域からの移民が多く入植した。そのため、閩南語が華僑・華人の共通語として用いられた。

KLのチャイナタウン近くにある中華大会堂

②イポーは錫鉱山の採掘で発展した都市で、錫鉱山の労働者として、広東人、客家人が多く移住した。その結果、広東語、客家語がこの地域では一般的に使われてた。市街地では広東語、周辺集落では客家語が多く使われた。。

③クアラルンプールは、移民である華人が築いた大都市である。19世紀中ごろ、客家人の葉亜来が錫鉱山の労働者として採掘に従事し、やがて華人集団の指導者になり、クアラルンプールの都市建設に大きく貢献した。1947年の統計では市内では広東人が49%、客家人が18%、郊外では広東人が37%、客家人が29%を占めていた。1970年の統計では広東人4%、客家人28.7%となった。市内ではチャイナタウンだけでなく、華人同士の交流でも、広東語が優位になっている。

KLのチャイナタウン

KLの国民型華文女学校 黎明(LAI MENG) 華語・英語・マレー語表記

ペナン島は観光地として知られ、華人、マレー人、インド人が暮らしている。なかでも華人の人口が最も多く、華人の中では、福建人、広東人が多く、1970年の統計では、福建人9%、広東人19.4%、潮州人12.6%であった。当然ながら、福建語が言語空間内で、絶対的な優位性を持っている。

 マレーシアでは華文教育が他の東南アジア諸国より普及しているので、標準華語も多くの華人が使用している。華人は公立の国民型華文小学校から私立の中学・高校、そしてカレッジ(学院)に至るまでの教育機関で、華文を学んでいる。

参考文献

・東南アジアのチャイナタウン 山下清海著 古今書院 1987

華人社会がわかる本 山下清海編 明石書店 2005

・方言群認同 麥留芳 中央研究院民族研究所 1985