江戸川乱歩の『新寶島』に見る南洋

 

 「冒険ダン吉」の連載が終わった後、『少年倶楽部』誌上では、江戸川乱歩の少年向けの作品「新寶島」(1940年)の連載が始まった。江戸川乱歩は既に『怪人二十面相』(1936年、昭和11年)『少年探偵団』(1937年、昭和12年)などの子供向け作品を発表し、人気作家となっていた。私も子供の頃、少年探偵団ごっこで遊び、そして名探偵明智小五郎のカッコよさに憧れたものである。

新寶島 大元社 昭和17年7月25日

 さて、「新宝島」について、乱歩は次のように執筆の動機を述べていた。

「この物語は、大東亜戦争勃発以前、昭和15年度に執筆したものであるが、当時既に我々の南方諸島への関心は日に日に高まりつつあったので、その心持が、物語の舞台を南洋に選ばせたものであろう。・・略・・ しかしながらこの物語の主眼は寧ろ前半の、三少年の海洋と孤島における冒険生活にある。次々と襲い来る艱難を、少年の智慧と工夫によって一つ一つ克服していく、百折不倒の精神にある」(新寶島 序文)

江戸川乱歩全集第14巻「新宝島」 2004年1月20日

 乱歩は早稲田大学を卒業した後、一年という短い期間であるが、「加藤洋行」という貿易会社で働いたことがある。南洋からの発注品を仕入れて、送る仕事をしていた。南洋諸島のセレベス島メナド港からの注文もあり、相手方に仕入れた雑貨を送ったりしていた。この経験から、乱歩は「新宝島」のなかで、このセレベス島のメナド港に海賊船を寄港させていた。乱歩は自分史資料である『貼雑年譜』のなかで、会社員時代について、次のように記録していた。

南洋に於る日本人の発展  原典不明

 「私ハ入社間モナク、ソノ南洋方面カラノ手紙ヤ電報デ注文シテクル雑貨ノ仕入レ掛リトナリ、大阪市内ノ問屋ヲ歩キ廻ル仕事ヲサセレㇻレタ。注文主ハ主ニ向ウノ日本人商館デ、種々雑多ノ雑貨ヲ仕入レテ送ツテヤラナケレバナラナカツタ。・・略・・セレベス島ノメナド港ニ小サイ日本人ノ店ガアツテ、ソコカラ面倒ナ品物ヲヨク注文シテキタノヲ覚エテヲル。」(講談社 1989年 p 32)

 この少年向けの物語は、前半では「ロビンソン・クルーソー漂流記」の影響を強く受けたサバイバル冒険生活をスリリングに描き、後半は黄金国を探りあてる冒険旅行を描き、資源のない日本が南洋で金を追い求める冒険小説仕立てになっている。私は乱歩が力を入れて描いた前半の冒険生活が、宝探しの後半より好きである。

 海賊船に誘拐された三少年が南洋という未知の世界で、それぞれ知恵、勇気を駆使していくつもの困難を乗り越えていく姿に、当時の読者の子供たちも胸を熱くされ、鼓舞されたことであろう。海賊船からボートで脱出、飢えと渇きを克服しながら無人島にたどり着き、仲良し三人組のサバイバル生活が始まる。この三人に、犬、鸚鵡、眼鏡猿が仲間に加わり、賑やかになる。三人組の冒険生活は、少年探偵団の知恵、勇気、友情を彷彿させる。三人組は少年探偵団のメンバーであるかのように描かれている。

 乱歩の南洋との職業経験、南洋への関心・憧れ、南洋ブーム、「ロビンソン体験願望」、欧米の冒険・探検映画、日本の南進政策などが、南洋の島を舞台にして、少年たちが活躍する冒険物語を生み出したのではないかと思う。

 さて、戦後まもなく、手塚治虫が漫画『新寶島』を発表した。戦後、最初の手塚作品(酒井七馬との共作)であり、当時40万部のベストセラーになった。この作品について、原案・構成は酒井七馬、作画手塚治虫とされて、出版されたことに、手塚はかなり不満だった。それゆえ、後に全集発刊の際、この作品を全集に加えることに消極的であった。出版社と協議した結果、全集に加えるにあたっては、絵、構成、結末などの改訂や作画の修正を行っている。

昭和22年発刊「新寶島」育英出版 復刻版 小学館2009年

 南洋ブームを背景として書かれた江戸川乱歩の『新寶島』に影響を受けている場面が出てくる。また、『冒険ダン吉』の作者島田啓三とは自分の描いた漫画の評価を聞く間柄であり、『冒険ダン吉』を読んで影響を受けていたことは言うまでもない。因みに、手塚から『新寶島』を見せられた島田は「こんな漫画がはやるようになれば、たいへんなことになる」と語ったという。

 漫画では、乗っている船が嵐で難破したので、海賊の手から脱出することができ、船の残骸で筏を作って南海を漂流し、ついに無人島に上陸している。仲間は宝の地図を持った少年と船長、そしてパンという犬であった。無人島でのサバイバル生活、無人島には猛獣を従えるバロン(ターザンをモデル)や人食人種との遭遇、宝の地図を巡る海賊とのバトル、そして宝の発見などが描かれている。改訂版では、犬は妖精であり、妖精の暗示で、少年は過去の夢の世界で冒険生活や冒険旅行、宝探しをしていたという、手塚らしい「夢オチ」で物語を終わらせている。

新宝島手塚治虫文庫全集2010年 講談社

手塚の『新寶島』は、南洋ブームを背景に書かれた島田の『冒険ダン吉』や乱歩の『新寶島』とは違った、別の南洋の孤島を舞台にした宝探しの長編漫画作品になっている。漫画界では、戦後の漫画ブームを作りあげた先駆的で重要な作品として評価されている。