十五代沈壽官作「干支香合(午)」(三蔵法師と白馬・玉龍)

  数カ月前、不慮の怪我により入院生活を送ることとなった。手術とリハビリを経て現在は退院し、自宅で療養の日々を過ごしている。まだ本格的な回復には時間を要しそうであるが、久しぶりにブログ日記を更新することにした。

 日本各地の焼き物のなかでも、筆者はとりわけ萩焼と薩摩焼を好んでいる。それぞれ幾つかの器や作品を身近に置き、日々の暮らしの中で楽しんできた。今回、療養生活の慰めとして思い切って十五代沈壽官氏の新しい作品を求めたので、早速紹介したい。

 この作品は「干支香合(午)」であり、西遊記の三蔵法師と白馬・玉龍をモチーフとしている。

「干支香合(午)」三蔵法師と白馬


すでに猪八戒、孫悟空を題材とした干支香合が制作されており、本作によって三部作が揃ったことになる。慈愛に満ちた三蔵法師の表情、優しさと逞しさを兼ね備えた白馬の姿は実に魅力的で、見ているだけで心が和む作品である。

「干支香合(午)」三蔵法師と白馬

 作品は十五代沈壽官氏揮毫の箱に収められている。箱書きには風格があり、作品世界をさらに引き立てている。また、同封されている沈壽官家の由来書を読むことで、薩摩に渡来して以降の沈壽官家の歴史を概観することができる。

十五代沈壽官の箱書き

 

沈壽官家の由来

沈壽官家の歴史



慶長の役の後、朝鮮から薩摩へ渡来した陶工たちは、激動の時代の中で苦難の生活を余儀なくされた。薩摩藩自体も関ケ原合戦で西軍に属したため、藩内は大きく動揺し、藩主島津義弘にも彼らを十分に保護する余裕はなかったという。やがて徳川家康との和睦が成立し、藩政が安定すると、ようやく陶工たちに屋敷や陶場が与えられ、苗代川に集住させられた。ここから薩摩焼の歴史が本格的に始まるのである。

苗代川瓷器製造之図

 それ以前、陶工たちは半農半陶の厳しい暮らしを送っていたと伝えられる。薩摩焼発展の背景には、藩主・島津義弘の存在が大きい。義弘は勇猛な武将として知られる一方、茶の湯にも深い理解を持つ文化人でもあった。その保護のもとで育まれた薩摩焼は、明治維新を経て現代にまで受け継がれている。

 苗代川は現在「美山」と呼ばれ、およそ十四の窯元が点在している。陶芸家たちは黒薩摩、白薩摩など、それぞれ特色ある薩摩焼を作陶しているが、そのなかでも沈壽官窯は特によく知られた存在である。

 十四代沈壽官は、作家・司馬遼太郎との親交でも知られていた。司馬の作品『故郷忘れがたし候』の主人公として取り上げられたことにより、国内外に広くその名が知られるようになったのである。

沈壽官家の武家門 DVD裏面

 その後を継いだのが現在の十五代沈壽官(大迫輝一)氏である。沈壽官窯では、優れた職人たちとともに、日常使いの実用的な器から芸術性豊かな作品まで幅広い作陶が行われている。伝統を守りながらも、新しい感性を積極的に取り入れる姿勢は、現代薩摩焼の新たな魅力を切り開いているように思われる。

沈家の作品収録図

 十五代沈壽官氏については、その活動に密着したドキュメンタリー『薩摩焼を生きる 十五代沈壽官』DVDも制作されている。作陶に向き合う真摯な姿勢や、四百年以上にわたり受け継がれてきた陶工一族の歴史と誇りを知るうえで、貴重な映像作品となっている。

薩摩焼を生きる 十五代沈壽官 DVD

 

 

 

 

 『地球の歩き方 昭和レトロ』について

 海外旅行で各地を訪ねた際、『地球の歩き方』が役立ったという人は多いだろう。私自身も、東南アジア、中国、台湾を旅行した折に活用した記憶がある。コロナ禍による世界的流行の影響で、情報の更新が滞り、改訂が進まなかった時期もあったが、旅行ガイドブックにとって情報の新しさと正確さは何より重要である。

 今回、『地球の歩き方』は従来の国・地域別シリーズに加え、歴史シリーズを刊行した。すでに「戦国」「ハプスブルク帝国」が出版されているが、つい最近、新たに「昭和レトロ」が刊行された。本書の巻頭には「時を越え、物語を紡ぐ旅へ―――本シリーズは、歴史心をくすぐる旅の案内書」と記されている。

地球の歩き方 昭和レトロ 学研 2026年

 2025年は昭和100年にあたる。平成、令和と時代が移り変わる中で、昭和を回顧する「昭和ノスタルジー」現象が起こり、それは今日まで続いている。本書は、まさに時代の要請に応えたタイムリーな企画であり、世代を問わず、それぞれの関心に応じて昭和の世界に踏み込むことのできる案内書となっている。

 本書が案内する「昭和の世界」は多岐にわたる。冒頭には「昭和の風景アルバム」「昭和の思い出写真」が置かれ、「昭和への旅」として豊後高田市、飛騨高山、熱海、東京・下町が紹介されている。
 第一章「あの時代ダイジェスト」では、昭和20年代から60年代までを年代別に俯瞰し、第二章「変わらないリアル昭和の風景」では商店街、遊園地・公園、銭湯、建築物などが取り上げられる。第三章「昭和グルメ」では、スパゲッティ・ナポリタン、カツカレー、オムライスといった昭和の定番料理、デパートの大食堂、駄菓子、ドライブイン、レトロ自販機が紹介される。 第四章「昭和カルチャー」では映画、漫画、テレビドラマ、テレビヒーロー、昭和歌謡を扱い、第五章「よみがえるネオ昭和」町並み・屋台村へと続く。第六章の昭和のグッズ 昭和の玩具 ヒット商品 、第七章博物館ガイド(おもちゃ、模型、自動車、鉄道、市電・地下鉄、電気通信、ゲーム)を経て、第八章「旅の準備と知識」で締めくくられる。

 本書の裏表紙には、「路地裏の喫茶店、灯るネオン、笑い声がこだまする街角―――。駄菓子屋の甘い香りに誘われて、ぶらり昭和の街を歩こう」とある。

 昭和ブームを大きく後押しした作品として、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)が挙げられる。CGによって再現された昭和30年代の風景や街並み、そこに生きる人々の姿、集団就職や家族の絆が生き生きと描かれ、多くの観客の共感を呼んだ。この映画の影響もあり、古き良き街並みや建物が残る地方都市では、商店街や街並みを観光資源として保存・活用し、地域活性化を図る取り組みが進められてきた。本書で紹介されている豊後高田市、飛騨高山、熱海、東京・下町は、その代表例である。こうした動きは今後も各地に広がっていくであろう。

 近年、レトロ喫茶店が雑誌で特集される機会が増えているが、それ以前から喫茶店好きの文筆家による著作は存在していた。学生時代からコーヒー好きの筆者にも、お気に入りの喫茶店がいくつかある。神田の書店街では、「さぼうる」「ラドリオ」「エリカ」が思い浮かぶ。もっとも、台湾の著名な映画監督・侯孝賢氏の『珈琲時光』のロケ地となった「エリカ」は、経営者の高齢化によりすでに閉店している。老舗の後継者問題は喫茶店に限らず、料理店や和菓子店でも深刻であり、味や技、経営ノウハウを次世代に確実に継承できる環境づくりが求められている。

 神田の書店街には、古本や雑誌だけでなく、漫画、レコード、カセットテープ、CD、ポスター、玩具、フィギュア、アイドル写真集、サイン色紙、雑貨、書画など、昭和のグッズが豊富に揃っている。

 現在、海外の日本音楽ファンの間では、1970〜80年代のシティ・ポップが再評価され、流行している。竹内まりや松任谷由実大貫妙子松原みき吉田美奈子寺尾聰大滝詠一山下達郎角松敏生などの楽曲が人気を集め、特に松原みきの「真夜中のドア」はブームの牽引役となった。神田の古書街や骨董市、フリーマーケットボロ市を訪れ、昭和グッズを買い求める国内外の愛好家は少なくない。

竹内まりや カセットテープ 「REQUEST」 昭和62年10月

大滝詠一 CD 「ALONG V・A・C・A・T・I・O・N」

 本書に導かれて全国の昭和の街を巡り歩くことで、昭和の息吹に触れると同時に、誌面には載っていない新たな「昭和レトロ」を発見する楽しみも味わえるだろう。

 神田古書街を歩くガイドブックとしては、『東京人 神田神保町の歩き方』(2004年刊)を薦めたい。歌手の一青窈が案内人を務め、特徴のある書店を紹介している。おなかが空いた時、美味しいコーヒーやカレーライス、上海・浙江省系の中華料理を楽しむことができる。

 また、昭和レトロを扱った雑誌としては、『pen 昭和レトロに癒されて』(2021年)や、『VISA 特集・昭和』(2023年5月号)が参考になる。

pen No510 2021 CCCメディアハウス

VISA No570  2023年5月 VJAグループ



さらに、歌集『よ市・馬っこ・材木町』は、変貌した故郷岩手県盛岡の町や家族、子どもたちの姿を短歌で記録した一冊であり、昭和20〜30年代の記憶が丹念に綴られている。

石田稔歌集 盛岡出版コミュニティ 2020年

 街歩きの視点を深める一冊としては、赤瀬川原平ほかによる『路上観察学入門』(ちくま文庫、1993年)も挙げたい。日常の中に埋もれた街や路上の表情を発見する楽しさと、その方法を教えてくれる名著である。

路上観察学入門 ちくま文庫 1993年

 

食文化に関する本について ―グローバル化する中華料理

 食に関する本や雑誌は、これまで数多く出版されてきた。世界各国の料理、宮廷料理、珍品料理、香辛料や調味料、発酵食品、茶文化、酒文化、食の儀礼、ワインと外交、宴会、食と文学、食と政治、アジアの屋台文化、移民と食文化など、そのテーマは実に多彩である。筆者の本棚にも、こうした書籍の一部が並んでいる。

書棚に並ぶ食文化の本

 本稿では、その中から筆者が特に関心を抱いた数冊を紹介したい。
 世界三大料理の一つである中華料理は、中国大陸・香港・台湾にとどまらず、華僑・華人の世界各地への移民によって、各地に形成されたチャイナタウンを通じ、世界へと浸透していった。筆者の子ども時代を振り返っても、大衆食堂でラーメン、餃子、チャーハン、天津飯など、いわゆる庶民中華(町中華)を食べた記憶がある。
 一方、メニューの豊富な本格的中華料理店に足を運ぶようになったのは、二十歳を過ぎてからであった。それ以降の中華料理の食体験を挙げると、華僑が経営する中華料理店、横浜中華街、香港で味わった北京料理上海料理広東料理四川料理客家料理、中国初訪問時に体験した広東料理湖南料理上海料理シンガポールやマレーシアでの中国南方料理や屋台料理、台湾での台湾料理および中国各地の地方料理、さらに中国での調査旅行中に体験した福建料理浙江料理・東北料理・山東料理などである。筆者は美食家でも食通でもないが、主だった中華料理はおおむね体験してきたと言える。

 最初に紹介するのは、『世界の中華料理』である。本書は、現地事情に精通した人類学者17名が、それぞれのフィールドでの調査と食体験をもとに、世界各地における中華料理の最新の状況を描き出している。目次では、各章に国名だけでなく副題が付されており、その内容を概観できる構成となっている。

世界の中華料理 昭和堂 全278頁 2024年

序章         世界は中華を食べている

第一部 東アジア

 第1章 日本     卓袱・普茶料理から町/ガチ中華に至るまで

 第2章 韓国     韓国中華の担い手と中国へのまなざし

第二部 東南アジア

 第3章 ベトナム   現代「ハノイ中華」を創りだす人々

 第4章 マレーシア/インドネシア 多文化社会で生み出される食文化、チャンプルの魅力

 第5章 タイ      「タイになる」:分かち難く定着したタイにおける中国

 第6章 インド     インド中華からデーシーチャイニーズへ

第三部 中東・アフリカ  

第7章 サウジアラビア  「厳しいイスラム社会」で生まれた柔軟性

第8章 ナイジェリア   植民地時代の遺産と活性化する人の移動の中で

第9章 南アフリカ共和国  移民とアパルトヘイトの爪痕

第四部 ヨーロッパ

第10章 ドイツ     異国風高級料理から汎アジア料理へ

第11章 オランダ    異国情緒と食文化が融合するシニーズ料理

第12章 スロバキア/ハンガリー  アジア系移民と曖昧な存在の中華料理

第五部     南北アメリカ

第13章 グァテマラ      混淆と受容の国にみる北米と「チノ」

第14章 ペルー        街にとけこみ、あふれるチーファ

第15章 米国         多様な社会をつなぐサブスタンス

終章 中華の融通無碍な応用力が世界の人々の欲求を満たす

 約20年前、同名の『世界の中華料理』(『アジア遊学』、勉誠出版、2005年)が、13名の人類学者・社会学者によって刊行されたことがある。同書では、香港、台湾、日本、韓国、ベトナム、カナダ、アメリカ、ハワイ、イギリス、フランスの中華料理が紹介されていた。

アジア遊学 世界の中華料理 勉誠社 2005年



 それに対し、2024年刊行の『世界の中華料理』では、対象地域が南アジア、南米、中東、アフリカへと大きく広がり、人の移動にともなって中華料理のグローバル化がさらに進展し、各地で受容と変容が進んでいる様子が明らかにされている。

今日、世界各地で中華料理が日常的に食べられていることは疑いようがない。その広がりを支えているのは、「融通無碍な応用力」である。日本においても、本場中国の味をそのまま提供する「ガチ中華」と呼ばれる店が目立つようになった。移動する中国人の増加にともない、麻辣料理、羊肉料理、麺類、火鍋など、地方色の強い料理を中心とした店が、中国人コミュニティの形成された地域で経営されている。

 一方、世界各国の中華料理は現地風にアレンジされ、比較的安価で親しみやすい料理として定着したものと、現地在住の中国人を主な顧客とする本場志向の料理とに分化しているように見える。日本においても、本格中華料理店は一般店、高級店、さらには富裕層を対象とした超高級店へと細分化されている。

 次に紹介するのは、『地球上の中華料理店をめぐる冒険』(関卓中著、斎藤栄一郎訳、講談社、2024年)である。著者の関卓中は香港生まれで、現在はカナダ在住の華人である。映像作家として、世界各地に根を張る中華料理店の経営者を直接取材し、その個人史を映像化したドキュメンタリー作品、五部作『チャイニーズ・レストラン』(2004年)を制作し、大きな反響を呼んだ。本書は、その映像作品を書籍化したものである。英語版の原題は “Have You Eaten Yet?”。なお、映像作品はYouTube(Cheuk Kwan’s Chinese Restaurants)でも公開されている。

地球上の中華料理店をめぐる冒険 講談社 全441頁 2024年

 著者は、カナダ、イスラエルトリニダード・トバゴケニアモーリシャス南アフリカマダガスカル、トルコ、ノルウェーキューバ、ブラジル、インド、アルゼンチン、ペルーなど、五大陸十五か国を訪れ、その旅を「冒険」として映像化した後、反響が大きかったので、今度は活字を通して冒険を描いている。章立ては15章、上記の国々が取り上げられている。各章には読者の興味を引くタイトルが付けられている。イスラエルの章では、イスラエルで牧師になった難民、トルコの章では、中国から歩いてきた男、ブラジルの章ではアマゾンの麻婆豆腐、マダガスカルの章ではスプ・シノワーズは国民食キューバの章では、キューバが映す中国の幻影、インドの章ではヒマラヤでアフターヌーンティーを、などが挙げられる。

 本書のプロローグで、著者は次のように述べている。
「新入りの華人にとって、その土地に溶け込む近道は中華料理店を開くことだ。何しろ他国の人々には太刀打ちできない独特の仕事だし、合法的な移民か不法移民かを問わず、新参者の働き口となり、自立の手助けとなる」
「世界を旅しながら遠く離れた地で生きる華人の同胞に出会うと、いつも決まって脳裏をよぎる疑問がある。私たちのアイデンティティとは、国籍なのか、それとも民族性なのか」

  こうした問題意識を抱きながら、著者は十五か国を巡る旅に出る。中華料理という「食」を通して、現地での受容と変容の過程、そしてそれを担う料理人や経営者、従業員一人ひとりの華人ディアスポラの精神に迫っている。

 日本語版では、十代を日本で過ごした経験を持つ著者が、横浜中華街、赤坂、麻布の老舗中華料理店を語り、さらに新大久保、池袋、高田馬場などに見られる中国新移民の中華料理店を通して、最新の日本における中華料理事情についても書き下ろしている。そこでは、こう述べている。

「中国人移民は、故郷を遠く離れて文化も言語もまったく違う社会に身を置くことも多い。生き抜くためには、移住先に適応し、臨機応変に立ち回る必要がある。そして、この適応力と創意工夫の精神の典型こそ、海外にある中華料理なのだ。」
 なお、赤坂や麻布などでは、中国新移民富裕層を対象とした超高級中華料理店や会員制料理店も登場している。

 

 

 

 

 

 

 

相国寺承天閣美術館の屏風展を訪ねて

 昨年12月に開催された屏風展Ⅰ期に続き、今月開催された屏風展Ⅱ期を鑑賞した。
同志社大学に隣接する臨済宗相国寺派本山・相国寺は、室町時代に建立され、山外塔頭として金閣寺銀閣寺を擁する歴史ある禅寺である。相国寺は国宝5点、重要文化財145点をはじめ、数多くの寺宝を所蔵している。附設された承天閣美術館では、これらの寺宝を中心とした展示会が定期的に開催されている。

相国寺



 屏風展では、金地・水墨の屏風に加え、襖絵、障壁画、小襖、掛軸、仏像なども展示されている。承天閣美術館は、相国寺の山門をくぐり、まっすぐ進んだ突き当たりを右に折れた、閑静な場所に位置している。

承天閣美術館

黄金の調度 屏風展 チラシ

 

屛風展チラシ裏面



金地の屏風は艶やかさで人を引き付け、水墨の作品は人の心を落ち着かせる。とりわけ伊藤若冲の作品が数多く展示されており、いずれも魅力的な描写である。「葡萄図襖絵 四面 一之間」「葡萄小禽図床貼付 一之間」「月夜芭蕉図床貼付 三之間」は、水墨表現と若冲の流れるような筆致を存分に堪能できる作品であった。

月夜芭蕉図 若冲

 Ⅰ期・Ⅱ期の展示を通じて、雪舟、探幽、若冲、応挙、等伯、狩野常信、狩野永常、狩野義信、狩野宗秀、池大雅、呉春などの作品を鑑賞できたことは、大きな収穫である。その余韻はいまなお続いている。

承天閣美術館所蔵の若冲作品集 2024年刊

 

日本画家・小早川秋聲と戦争記録画について

 京都画壇で活躍した小早川秋聲は、従軍画家として知られる一方、国内外を旅する画家としても多くの作品を残している。
私と小早川秋聲の作品との最初の出会いは、かなり以前、維新の道をほぼ登り切った地点の右側にある霊山歴史館を訪れたときである。そこで展示されていた代表作『國之楯』(1944年、戦後に改作)が非常に印象的で、その鑑賞が小早川への関心の始まりとなった。他にも数点の作品が展示されていた。

『國之楯』は、一度見たら忘れがたい強烈なインパクトをもつ作品である。闇に横たわる、寄せ書きの施された日の丸の旗で頭部を覆われた将校の遺体。その姿を通して、死の意味を象徴的に表しており、依頼主であった陸軍省が受け取りを拒否した作品としても知られている。

この出会いをきっかけに、私は小早川秋聲の絵が使われた軍事葉書を集めるようになった。そこに描かれているのは戦闘場面ではなく、歩哨、月下の乗馬兵、陣中のランプ、兵士と子ども、寄り添って眠る兵士たちなど、日常の一場面である。

「月下」小早川秋聲の絵葉書

小早川秋聲の軍事絵葉書4枚 表には家族、友人宛に近況、時候の挨拶などが書かれている。


 小早川はとりわけ、眠る兵士の姿を好んで描き、疲れて深い眠りにつく兵士たちが見るであろうさまざまな夢を想像させる。小早川は「虫の音」「銃後の夢」など疲れて眠る兵士を描いた優れた作品がある。

 小早川の戦争画は、戦場の苛烈さよりも、日常的で情緒的な雰囲気を湛えている。そのため、戦地に赴く兵士たちから好んで選ばれた軍事葉書となったのだろう。

小早川秋聲の絵葉書2枚

2021年には、京都文化博物館で「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌」展が開催された。残念ながらコロナ禍で実際に訪れることはできなかったが、図録(全231頁)を手に入れ、紙上で展覧会を堪能した。図録には初期から晩年までの約110点の作品をはじめ、年譜・解説・評論が掲載されており、小早川秋聲の軌跡を知る上で大いに役立つ内容となっている。

『小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌』求龍堂 2021年8月

小早川は日本国内各地のみならず、インド、エジプトを経て欧州十数カ国を遊学し、多くの作品を残した。その後はアメリカ、カナダへも足を運んでいる。また、中国には約50回訪問しており、その中には従軍画家としての訪中も含まれる。このような幅広い移動の経歴から、彼は「旅する画家」と称される。

 戦後は体調の問題もあり創作のペースは落ちたものの、仏画、仙人、干支、人物などの作品を静かに描き続け、晩年の穏やかな日々を過ごした。

 現在、遊就館では小早川秋聲の戦争画の展示会が開催され、『國之楯』などが展示されている。

生誕151年記念 鹿子木孟郎展を鑑賞して

 京都市鹿ケ谷にある泉屋博古館を初めて訪れた。

泉屋博古館

永観堂のすぐ近くに位置するため、紅葉見学の観光客でにぎわっていた。
泉屋博古館では現在、洋画家・鹿子木孟郎(かのこぎ たけしろう/1874–1941)の展覧会が開催されている。

泉屋博古館入口 展覧会案内

 鹿子木孟郎は写実を得意とした西洋画家であり、会場では彼の師であるフランス人画家ジャン=ポール・ローランスの作品もあわせて展示されていた。
展示は、初期から晩年までの代表作83点で構成されており、チラシには次のように記されていた。

「本展は、10代の初期作品からローランスに学んだフランス留学期の作、帰国後の文展や太平洋画会、関西美術院や家塾での活動を紹介しつつ、日本洋画における写実の展開と継承について検証します。」

残念ながら講演会やシンポジウムはすでに終了していたが、代わりに全255ページの図録を購入した。

生誕151年記念鹿子木孟郎展図録 2025年9月刊



帰宅後、その図録を眺めながら余韻を楽しんでいる。
代表作のひとつ「加茂の競馬」は、歴史的風物を写実的に描いた大作であり、私も時間をかけてじっくりと鑑賞した。

鹿子木孟郎展チラシ

鹿子木孟郎は、数は多くないものの戦争記録画も制作している。代表作の一つが、西洋アカデミズムの影響を受けた歴史画風の『南京入城』(1940年)である。
この作品を描くため、彼は1938年に二度にわたって中国へ取材旅行を行った。それ以前にも、1926年に壁画『奉天入城図』を制作している。

図録の年譜によれば、1938年の取材旅行では、蘇州・揚子江・鎮江・寒山寺などの風景を描き、これらの作品を展覧会に出品している。
また同年末には南京を再訪し、入城式が行われた12月の南京をスケッチしている。
その後、1940年末に「南京入城スケッチ展」を開催。翌1941年4月、脳溢血のため逝去。享年66歳であった。

 筆者は、真作かどうかは判然としないが、「南京入城」のスケッチを一枚手にしたことがある。『南京入城』行進の様子は、当時の新聞号外にも大きく掲載された。なお、東京国立近代美術館に所蔵されている『南京入城』はまだ常設展示場でも公開されていない。

「書と創作箔のアート展 結」を鑑賞して

やっと秋らしくなり、金木犀の香りがあたりに漂っています。
暑さが厳しかったため、しばらく外での活動を控えていましたが、各美術館や博物館では興味深い展覧会が次々と開催されています。

その中でも、庭園の美しさで評判の清水寺成就院が特別公開されていると聞き、さっそく出かけてみました。
清水寺は相変わらず外国からの観光客であふれていましたが、すぐ近くの成就院は人々の喧噪から離れ、静寂に包まれていました。

成就院


 成就院の前には「書と創作箔のアート展 結」と書かれた案内板が立っていました。

「書と制作箔のアート展 結」

 院内では、故安倍晋三元首相夫人の安倍昭恵氏と、西陣の伝統工芸士でアーティストの裕人磔翔(ひろと らくしょう)氏とのコラボレーションによる、斬新な創作作品が展示されていました。見学者は十数名ほどで、落ち着いた雰囲気の中、ゆったりと鑑賞することができました。

安倍昭恵さんは近年、書に取り組んでおり、今回の裕人磔翔氏とのコラボレーションで初めての個展を開きました。
 作品は全28点。『古今和歌集』や『万葉集』の和歌、昭和天皇の御歌などのかな文字、「月」「光」「不二」「不動心」「青龍」「結」などの漢字、さらに「We」「You & I」といった英語の書もありました。それぞれの作品には金箔・銀箔・プラチナ箔・パール粉箔などが施され、光の加減によってさまざまな表情を見せていました。

裕人磔翔(ひろと らくしょう)氏の個展案内のチラシ

「結」という作品には、「人と人をつなぎ、文化や世代、国境を越えて未来へ向かうという想いが込められています」との解説がなされていました。

この日記で撮影した展示作品を掲載できないのが残念です。今後、他の会場でも同様の展示が開催されることを心から期待しています。