地下鉄九段下駅を地上に出ると、靖国通りに出る。この界隈には、戦争の記憶を継承し、戦争で犠牲となった人々を追悼する施設として、昭和館、しょうけい館、靖国神社がある。また、靖国神社の境内には、戦争の歴史を展示する遊就館や、日本近代史・軍事史関連の資料を収蔵する靖國偕行文庫、旧国防会館を引き継ぐ靖國会館などがある。
神田神保町の古書店巡りが好きな筆者は、学生時代から馴染みの古書店や料理店、喫茶店に立ち寄った後、足を延ばして九段の昭和館、しょうけい館、靖国神社などを訪れてきた。そこで写真を撮影し、関連資料を収集するのが習慣となっていた。出張で東京を訪れた際にも、この習慣は変わらなかった。
2025年、戦争の記憶をフィールドワークによってたどるための案内書『戦争記憶の歩き方』(林英一著、彩流社)が出版された。

本書の構成は次のとおりである。
第一章 靖国神社
第二章 遊就館
第三章 北の丸公園
第四章 昭和館
第五章 しょうけい館
第六章 東京国立近代美術館
終章 帰還者たちの記憶ミュージアム
本書の著者は2020年から「戦争記憶」を講義のテーマに掲げ、学生が参加するフィールドワーク型の授業を実施している。九段周辺を中心に、靖国神社、戦前・戦後の国民生活に関する資料を収集・展示する昭和館、戦傷病者とその家族に関する資料を展示するしょうけい館、北の丸公園に残る旧近衛師団の遺構、戦争記録画を所蔵する東京国立近代美術館などが調査の対象となっている。
北の丸公園には、かつて近衛師団の施設が置かれていた。戦後、多くの軍事施設は撤去されたが、旧近衛師団司令部庁舎は保存され、1977年に東京国立近代美術館工芸館として開館した。2020年2月28日に東京での工芸館としての活動を終了した後も、重要文化財の歴史的建造物として保存されている。
終章では、新宿にある「帰還者たちの記憶ミュージアム」(平和祈念展示資料館)が紹介されている。同館は、先の大戦における兵士、戦後強制抑留者、海外からの引揚者が経験した労苦を伝える施設である。実物資料、グラフィック、映像、ジオラマなどを通して、戦争体験のない世代にも理解しやすいように展示している。
靖国神社には、幕末の動乱や戊辰戦争から日清・日露戦争、日中戦争、太平洋戦争に至るまで、国難に殉じた人々が祀られている。その祭神は軍人だけでなく、政治家や民間人、女性や子どもなども含み、二百四十六万余柱に及ぶ。祭神については、秦郁彦氏の『靖国神社の祭神たち』(新潮社)が詳しい。

また、靖国神社の歴史を知るうえでは、神社自身が編纂した『靖国神社100年史』も参考になる。宮司の大塚海夫氏は、靖国神社は国に平和をもたらすことを祈る「平和の社」であると述べている。
遊就館には、遺品、遺書、絵画、美術品、武具甲冑、兵器、ゼロ戦などが展示されている。近代日本の戦争史についても、時系列に沿って見学することができる。入口の奥には売店があり、靖国神社や近代戦争史に関連する書籍も販売されている。隣接する茶房では、名物の海軍カレーとコーヒーを味わうことができる。

靖国神社境内の靖國偕行文庫には、日本近代史や軍事史、靖国神社の祭神に関する資料など約十四万冊が収蔵され、一般の閲覧にも供されている。静かな環境で、近代史や戦争史を調べることができる貴重な施設である。市販されていない伝記、回顧録、証言集、地方新聞の記事、写真集、雑誌、地図などもある。筆者も亡父の伝記を執筆する際、同文庫の所蔵資料を活用させていただいた。

また、神田の古書店街には、戦争・軍事関連書籍を専門に扱う古書店として軍学堂と文華堂がある。こうした専門店にも立ち寄る価値がある。


靖国神社外苑休憩所にある靖国八千代食堂では、鹿児島県知覧の富屋食堂で「特攻の母」と慕われた鳥濱トメさんにちなんだ玉子丼を提供している。知覧には特攻基地が置かれ、多くの若い隊員が出撃していった。富屋食堂の味を受け継ぐというこの玉子丼は、甘めの味付けで、人気メニューとなっている。筆者も美味しくいただいた。
しょうけい館(戦傷病者史料館)は傷痍軍人とその家族が戦中、戦後に体験した労苦についての証言、資料、書籍などを収集、保存、展示をして、次の世代に記憶を伝える国立の施設である。「しょうけい」とは記憶を受け継ぎ、語り継ぐという意味で「承継 しょうけい」」を使っている。妖怪漫画家である水木しげるは、パプアニューギニアで戦傷し、左腕を切断している。しょうけい館では、水木しげるの特別企画展を何度も開催している。なお、、傷痍軍人(上海事変で左脚切断)であった父の療養時の写真や伝記を図書室に寄贈させていただいた。

昭和館は、昭和の時代に国民が経験した戦争の記憶を継承するとともに、その時代の国民生活に関する歴史的資料や情報を収集・保存・展示し、当時の人々の労苦を次世代に伝える国立の施設である。
館内には、常設展示室のほか、図書室、映像・音響室などが設けられている。常設展示では、戦中・戦後の暮らしや復興の過程、昭和30年代の生活文化などを、実物資料や写真、映像を通して紹介している。また、特別企画展や映像上映なども開催されている。戦争の記憶と当時の国民生活を学び、次の世代に伝えるための資料や設備が整った施設である。
以上、神田の古書店街から九段下、北の丸公園にかけて、戦争の記憶をたどるミュージアムやモニュメント、神社、美術館などを巡ってきた。これらの施設に足を運び、資料や遺品、記録に触れることは、過去の出来事を知るだけでなく、戦争を経験した人々の記憶を受け継ぐことにもつながる。記憶を紡ぎ、次の世代へ継承しながら、現実的な平和のあり方を考えていきたい。
なお、神田の古書店街、しょうけい館、戦争記録画、従軍画家については、このブログでも過去に取り上げているので、併せてご覧いただければ幸いである。
最後に、戦争記憶の歩き方、歩いた後の感想、認識は、人それぞれである。自分用の『案内書』を作成しても良い。訪問地で収集したチラシ、パンフレット、小冊子、フィールドメモ、写真資料などを組み合わせ、「案内書」(紙またはデジタル版)を作成できる。


































