シンガポール・マレーシアの友人たち

 人生を振り返ると、楽しいこと、辛いこと、感動したことなど、さまざまな出来事が思い出される。今回は、20代後半から情熱をもって始めた東南アジアの華人社会の研究や現地調査について、少し触れてみたいと思う。

私がこの分野に興味を持ったきっかけは、1970年代中頃、東京の代々木駅近くにあった東豊書店(2019年に閉店)で手に取った『新馬華文文学学大系』(全10巻、世界書局)との出会いであった。この本に触れ、著者の方修氏に会うために、私は熱帯の都市国家シンガポールを初めて訪れた。

 その後、日本からシンガポールやマレーシアの華人作家たちと手紙でコンタクトを取り、文献資料を集め、研究を進めた。この過程で、著名な作家や研究者たちと出会うことができた。例えば、方修、潘明智、王潤華、楊松年、欧清池、徐本欽、林万菁、伍良之、方北方、駝鈴、沈慕羽、年紅、甄供、呉岸などが挙げられる。

マレーシアを代表する詩人呉岸の著作『旅者』

これらの方々は、1980年代後半に私がシンガポール・マレーシアを中心とする華人社会の現地調査を本格的に始めた際に、大変お世話になった。当時は、手紙という古典的な手段で知り合い、交流を重ねることで人的ネットワークを築いていった。中華世界においては、人的ネットワークが大きければ大きいほど良いとされているが、そのネットワークを維持するためには努力が必要である。彼らを通じて、現地の華人社会の指導者、作家、研究者、華字新聞の記者、華語教育団体の指導者、政治家、宗郷会館(地縁・血縁組織)の関係者ななどを紹介してもらい、華文学校(独立中学)への訪問、資料収集、アンケート調査、聞き取り調査などがスムーズに運び、そのおかげでいくつかの研究成果に結びついた。

 この間に出会った華人の作家、教育者、研究者は数百人にも上り、シンガポールやマレーシアのジョホール、ムアール、マラッカ、クァラルンプール、イポー、ペナン、コタバル、クチンなどに点在している。なかでも、クァラルンプールで作家活動と文芸誌の発行を続けている梁冠中氏は私の最初の友人として特別な存在である。梁氏は伍良之、易冠、蒼波客などの筆名で、散文・評論・紀行文など数多くの著書を発表されている。彼は開放的で面倒見が良く、信義に厚い人物である。食通でもあり、梁氏には美味しいレストランや屋台に連れて行ってもらい、クァラルンプールの食文化を堪能しました。ある時、郊外のゴム園の中にあるレストランで食事をした。そのレストランはサル、リスなどの料理の他に、海鮮料理などがメニューにあった。もちろん、海鮮料理を選んだことは言うまでもない。ゴム園の中のレストランなので、やたら蚊が多かった。立ち込める蚊取り線香の煙の中で、エビやカニを美味しく食べたことを今でも記憶している。

マレーシアの散文作家伍良之の著作

 現在、私は自宅に所蔵されている華文文学、華文教育、華人社会に関する様々な書籍や雑誌、作家たちの手紙のファイルを眺めるたびに、現地での調査活動や知り合った多くの華人の友人のことを思い出す。これらの貴重な記憶や書籍は私にとって、今日と明日への糧となっている、

梁冠中(伍良之)氏編集発行の文芸誌 第68期(2023,2)まで発行されている