シンガポールの詩人王潤華と南洋郷土への愛着

 

 王潤華はシンガポールを代表する詩人の一人であるが、中国文学、馬華文学(シンガポール・マレーシア華文文学)研究者としても知られ、文学研究書だけでなく、詩集、散文集の文学作品の著作も多数ある。南洋大学人文社会研究所所長、シンガポール国立大学教授・中文系主任、シンガポール作家協会主席、台湾元智大学教授、マレーシア南方大学学院副校長などを歴任。マレーシア北部ペラ州のテモ出身。1941年生まれ、移民三世。シンガポール公民。ペラ州にある金保培元中学から台湾国立政治大学へ進学、卒業。アメリカのウィスコンシン大学大学院で博士号取得。

 

 王潤華の初期の頃の作品『南洋郷土集』(1981年)は、私の好きな作品のひとつである。著者は山間の錫鉱山、ゴム園近辺の客家人が多く住む村落で生まれ、育った。祖父は広東省従化からの移民で、小規模なゴム園を経営していた。小さい頃から、熱帯雨林の自然が身近にあり、熱帯雨林への愛着が育まれていった。この作品集は、散文集と詩集に分かれているが、著者の南洋郷土への観察や思いを綴っている。つまり、散文と詩という二つの文学形式で、南洋の郷土というひとつのテーマを描いている。

南洋郷土集 1981年出版

 散文集では題材をマラヤのゴム園、南洋の果物、シンガポールの南洋大学庭園の蟻、湿気、マレー半島東海岸の原始林の樹木、原始林で生息する蜘蛛、ベタまたはトウギョ(闘魚)と呼ばれる熱帯魚などに取っている。マレーシアの密林にはハリマオと呼ばれるマレー虎が数は少ないが、約500頭生息している。

 シンガポールでは独立後、都市建設が急激に推し進められ、1980年頃はゴムの樹がほぼ完全に消滅してしまった。マレーシアでも開発による原始林の縮小は、野草や野生の生き物(昆虫・鳥・小動物など)の減少をもたらしている。

 詩集では南洋の野草、樹木の葉、熱帯の果物(ドリアン、マンゴスチンランブータンジャックフルーツ、スイカヅラ、パイナップル、その他)、南洋の風物記(吹き矢、投網、錫鉱山、廃坑した錫鉱山)、影絵人形劇、鳥(山雀、鷹、梟など)を題材に取り、詩を書いている。

ランブータンマンゴスチンの詩 王潤華作

 王潤華は本書の序文で次のように述べていた。

「例えばゴムの樹は我々華人と同じように,同一時期にイギリス人によって,この南洋の地に移植された。その後,下に向かっては泥のなかに根を張り、上に向かっては花開き、実を結んだ。私はマレーシアペラ州の第三世代のゴムの樹である。熱帯の果物は天性の固い皮に覆われ、苦い液体で自己の成長を守りながら、天敵からの害を防いでいる。同様に、もし我々がいかなる困難にも耐えるという美徳を持ち合わせていなかったならば、灼熱の原始林のなかでは、楽園ひとつ開拓できなかったであろう。熱帯の果物は成熟が早く、その香りもしばしば強烈である。これはまさに熱帯に生きる人間の早熟で、おっとりした情熱的な個性を象徴している。」

ゴムの樹とドリアン 王潤華氏の著作(2007年)表紙より

 王潤華のこれ以後、消えゆく熱帯雨林、熱帯の動植物、植民地時代、マレー農村、熱帯の風土などを詩と散文で描き続けている。この系統の作品には『熱帯雨林与殖民地』(1999年)、『地球村神話』(1999年) などがあげられる。