最近読んだ二冊の本(「わたしの金子みすゞ」と「石田稔歌集」)

 

わたしの金子みすゞ


 四十年ほど前、今は亡き友人と山口県長門湯本の温泉に行ったことがある。長門湯本には萩焼(深川焼)の坂倉新兵衛窯、坂田泥華窯などがあることでも知られている。温泉の帰りに、仙崎に立ち寄り、金子みすゞ記念館を見学した。仙崎の海、風景、自然、動植物、地域文化がみすゞの感性を育んだことは言うまでもない。金子みすゞのやさしく、感性溢れた詩や童謡は、時代を超越して何度読み返しても心に残る。

 最近、新聞で漫画家のちばてつやの「わたしの金子みすゞ」という文庫本が出版されているのを知った。ちばてつや金子みすゞの組み合わせに魅かれて、早速購入した。ちばてつやの漫画「あしたのジョー」「紫電改の鷹」「ハリスの疾風」は子供のころ夢中で読んだことがあったが、それ以来、ちばてつやの作品とはまったく疎遠になっていた。本の構成は右ページにちばてつやの解説があり、左ページにみすゞの詩があり、次ページに詩に合わせたカラーイラストが描かれている。みすずの詩とちばてつや生活体験に基づいた素晴らしい解説とイラストにたちまち引き込まれて、一気に読み上げてしまった。みすゞの詩の世界がイラストと二重写しになって、映像化されている。読後の満足感に浸っている。

石田稔歌集

 

2023年1月12日米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が発表した「2023年に行くべき52か所」に盛岡市が選ばれ、東北の地方都市が英ロンドンに続いて2番目に紹介されたという記事を見た。記事では盛岡市は「見過ごされがちだが魅力ある街」と評価していた。盛岡といえば、紹介したい本『石田稔歌集 よ市・馬っこ・材木町』(盛岡出版コミュニティー)がある。

 この歌集は、作者の育った昭和20年代、30年代の盛岡市材木町、雪の盛岡市、四季の北上川の原風景、遊び、祭り、夜市、家族、友だち、恋人などが繊細な感情で詠まれた歌集と当時の写真が掲載された本である。

 育った自然環境は石田氏とはずいぶん異なるが、私も作者と同時代を過ごした。石田稔歌集の和歌を通して、昭和20年代、30年代、40年代の若き日の情景と思い出が鮮明に次々と蘇り、石田氏の思い出と重なり、そして遠ざかっていった。

本書に収められた和歌のなかで、次の歌に共感を覚えた。

「自転車を飛ばして山と風と野に われを語りて心おさまり」

「今もなお心に浮かぶ かの人がカバンを持って歩む姿が」

「ぴたぴたと雨だれの音やまぬなり 遠くかすかに淡き思い出」

「窓あけて 朝の冷たき空気吸う ああ生きているわが命なり」

 なお、作者は中国児童文学の翻訳家であり、昨年台湾の著名な絵本作家リウ・スーユエンの絵本『きょうりゅうバスで としょかんへ』(世界文化社)『きょうりゅうバスで がっこうへ』(世界文化社)を翻訳している。残念ながら、この二冊の翻訳が遺作となってしまった。石田稔氏のHPによると、石田稔氏は2023年2月23日、逝去したと告知されていた。石田稔氏のご冥福を心からお祈りしたい。