軍事郵便と戦争記録画

 

 戦前、日本の画家の多くが戦争、戦地、兵士などを記録するため、それぞれ自己の画風を活かした戦争記録画を描いている。これらの絵は、戦前、戦後発刊された美術図鑑や画集に収めれている。それ以外に、実は、戦前発行された軍事郵便絵葉書に多数印刷され、流布していた。

鶴田吾郎と鈴木良三の作品

 郵便愛好家たちは、日付、野戦郵便局印、宛先・差出部隊名、検閲印などに関心を持っている。また、戦争の歴史を留めるために、書かれた内容に着目して、分析している歴史研究者もいる。戦地から兵士たちがどのような内容の文面を書いたのか、検閲を擦り抜けて、どこまで心情を吐露しているのかなどに関心を持っている。

 私も120枚ほど軍事郵便葉書を所有(90%が北支派遣部隊より日本へ)しているが、絵と写真に興味を持って、戦争画家たちの絵を中心に収集した。亡父が所属した連隊関連の軍事郵便やハルビン、ジャムス、大連、新京、奉天、北京、上海などの写真が載った軍事葉書も収集対象にした。

 葉書絵の画家は藤田嗣治、鶴田吾郎、横山大観宮本三郎、小早川秋聲、岩田専太郎鈴木良三、向井潤吉、内田正男、三上知治、古島松之助、吉田初三郎、西原良蔵、高田正二郎、安田豊中村直人、川島理一郎、小倉静三、高橋亮、辻永などである。なかでも、小早川秋聲の絵が好きで、絵葉書を10枚ほど集めている。

小早川秋聲の作品


小早川秋聲の「國之楯」(1944年)は、陸軍省の要請で描いたが、受け取りを拒否された作品で、現在は京都の霊山歴史館が展示している。日の丸に覆われた軍人の遺体を描いた作品で、非常にインパクトがある。もちろん、この作品は絵葉書には採用されていない。

 軍事郵便は戦地の軍人と日本を結びつける貴重な郵便制度であった。

宛先であるが、派遣先の北支の所属部隊から、家族(父母、妻子、兄弟姉妹)、親戚、友人、恩師、職場の上司・同僚、知人、職場などに送られている。

私が収集した軍事郵便の内容は、入営・出征にあたっての御礼と挨拶、年賀状、暑中見舞、近況報告、返信などである。検閲があるので、軍務内容や場所などは書かかれていない。

軍事郵便の文面 カタカナは子ども宛

一番多い近況報告では

・家族、親戚、知人への感謝の言葉

・派遣先で、元気に軍務に精励、奉公

・家族の健康、子供の成長 兄弟姉妹仲良く

・日本の故郷 山川 四季 正月 お祭り

・中国の自然環境、厳しい寒さ、黄砂、乾燥、長雨

・中国の旧正月 市場 

・故郷を懐かしむ「ふるさとの お祭り饅頭 夢で喰らい」という句もあった。

・一枚だけあったビルマからの軍事郵便は、派遣先のビルマの雨季、カエル、小鳥、猿の啼き声、飛び交う蛍などを記述。

また、次の一枚の北支からの軍事郵便だけが詩に託して、疲れた身体を休めながらも夜襲に備える様子が書かれていた。

 

 稀に夜襲のなき宵は 破壁出る月赤く

 汗馬を洗う水もなし 星が移れば故郷の

 哀愁浮ぶ折柄に   塹壕掠める銃声に

 すは敵襲と戦友が  呵呵と笑いて銃をとる

  

 軍事郵便の差出人の兵士たちのその後の消息は知る由もないが、読みながら無事を祈る気持ちになった。

戦争記録画 古島松之助と向井潤吉